時折驟雨が襲い来たものの、いつまでも暖かだった秋は、
だが、あっと言う間に冬の装いへとそのこしらえを替えて。
今年という年の最後の月は、
数日おきとはいえ、居たたまれぬほどの底冷えを京の都へと運んで来。
それはそれは栄えた都に住まう人々であれ、
相応の備えや心得がなければ、
体調を崩してしまうほどの急転だったが、
「敷物をな、
織りの密なものを下に敷いてから綿入れという順に重ねよ。」
ついつい、着物や掛けるものばかりを重ねがちだが、
足元からも熱は逃げるからのと説いたり、
あるいは、
「首回りや手を温めること怠るな。」
血脈の巡りの理り、全身へも暖かさが巡るのでなと、
屋敷の内仕えの仕丁らにも手当てや養生を徹底させのする、
神祗官補佐殿であり。
「ウチの内儀はただでさえ人手がない。
風邪なんぞで引っ繰り返っても、休む言い訳にはさせんからの。」
仕えて日の浅い者は口うるさい主人だと閉口するものの、
古参の者はくすぐったげに苦笑するばかり。
その棘々しいばかりに鋭角な風貌や若さ、
後ろ盾のない立場に相合(そぐ)わぬ、途轍もない官位の高さから、
いつもいつも偉そうな物言いをする、隙もないのがいっそ憎々しい主人よと、
彼をよく知らぬ者にはそうとしか見えぬ素振りの数々だが。
付き合いの長い、人を洞察する尋深い者であればあるほど、
そんなつれない素振りもまた、素直ではないだけの話と察しているからで。
そのように彼をちゃんと理解している顔触れには事欠かないのは、
「つまりは詰めが甘いのよ、あいつは。」
屋敷のあちこち、これから迎える寒の季節にも耐えられるよう、
特に義務でもお勤めでもないのに、
わざわざ補修にと訪のうてくれた工部省の武蔵さんもまた、
そこいらを心得ておいでのお一人で。
宮廷での作業とは違うのでと、畏まった式衣なんてのはまとわずの、
それが最も動きやすいのだろう、
筒裾の袴に袂を絞られた小袖というずんと略された衣紋のまんま。
屋根や軒のほつれを見て回り、
長押のしみを平手で叩いて音を聞いたりしていたかと思や、
庭に降りて囲いの切懸をザッと見回し、
薄べりに穴を見つけたの、手際よく埋めてしまった腕のよさ。
彼もまたまだまだ若いクチだのに、
何人もの工人を相手に采配振るう立場に立つ機会が多いお人だそうで。
“だからと言って、
人心操舵が巧みなお人というのではありませんものね。”
むしろ実直朴訥、
こつこつと作業に集中したいので、頭目なんぞに据えられるのは迷惑だと、
そんな扱いへも口を歪めていたと聞くような御仁であり。
ただ、まだ若い彼は、もっと若い蛭魔がほんの幼子だった頃から、
その才走りっぷりを案じて見守ってもいたお人だそうなので。
「せめて馴染みの人が相手のときくらい、
ひねくれた物言いもやめてしまわれればいいんですのに。」
「お、言うねぇ、セナ坊。」
だって、そんなことをしていたら、
どれほど判ってくれている人であれ、
いつか愛想を尽かされて、嫌われてしまうじゃないですかと。
一丁前に眉間を曇らせる幼いお顔を見、
これもやはり、あの天の邪鬼を案じておいでの坊やなのだと気がついてだろう。
息抜きにと戻って来られた縁側で、
よくよく出来たあんぽ柿をおやつにと出された工部さん、
くつくつと喉を鳴らして微笑ってしまわれる。
都の場末には、親のない子も特に珍しい存在ではなかったが、
他の仲間と肩を寄せ合うでなし、
そこしかない寄る辺として子供らをこき使う親方にすがるでもなし。
金の髪に淡色の双眸、色素の薄い肌と、
ただでさえ眸を引く風貌を疎まれるところなの、
彼の側からこそ逆手にとって、
『我こそは正一位稲荷大明神のお使い、
この毛並みと神様から授かった金の眼(まなこ)が証しだよ。』
嘘だと思うなら信じなくともいい、
だがだが、これから起こること見届けてからでも
遅くはないよと大見栄を切り。
明日の日和や風向きを当てたり、
初見の相手の吉凶を見事に占ったりして見せて。
日銭というにはやや多い稼ぎを得ていたほどの、
いかにも風変わりな和子だった頃からの付き合いだとか。
そんな武蔵さんでも一目置くのか、
苦笑の延長のように口許をほころばせつつ感心するのが、
「お前さんもなかなかに年に似ず寛容だが、
あの侍従さんこそ、ずんと大した奴だと思うぞ、俺は。」
そうと言って視線を投げた先にはというと、
新年を前にした宮中で“大祓え”の儀があるからと、
特別な式服やら儀式に要りような破魔矢に弊の用意など、
さっきまで支度に追われていた蛭魔の傍らに、
いつの間にやら居合わせている人影が一つ。
そういう国事は所詮 形式だけで実の添わぬものだとか何だとか、
いつものようにへそを曲げておいでらしいのへ、
「そうは言っても…そういう行事がねぇとよ。
お前のような立場の者を、
是非とも要ると思わせとく理由づけが減るんじゃねぇのか?」
上背があって屈強精悍。
こちらさんは蛭魔と正反対で、いかにもこの国の人間らしい黒髪を撫でつけ、
切れ長の三白眼に不敵に冷めた笑いの似合う口許という鋭い顔つきで、
狩衣も指貫も黒づくめという装束を決めた男が、
そんな意見をした途端、
「〜〜〜〜☆」
……あ・蹴った。
相変わらず、容赦がないのだな、と。
遠目に眺めていた二人が
似たような感慨込めた言いようを取り交わしてから、
「あんな我儘な奴、とっとと見切ればいいのによ。」
黒の侍従さんの真の素性とやらは知らないし、
今更聞きほじろうとも思わぬらしいとする武蔵さん。
だがだが、
これでも彼なりに案じておいでの蛭魔さんの、
その傍らに置いてよしとするだけの信頼を寄せているのはありありしており。
「途轍もなく凄げぇ奴だからでもなく、
綺羅々々しいのを周りに自慢してのことでもなく。
かといって、痛々しくて放って置けねぇからでもなくの、
単に“しょーがねぇなぁ”って想いだけで、
ああまで傍から離れないでいてくれるんだからな。」
今時には得難い供連れだし、あんの我儘野郎には勿体ねぇくらいだと。
褒めているのか、それとも遠回しに揶揄しているものか。
どっちとも付かぬ言い回しをし、くくと笑った男臭さに、
「……はやや。//////」
あやや…と頬を赤らめてしまったセナくんだったのは、
自分を守護する寡黙な武神、
進さんが笑ったらこうじゃないかと思ってしまったからだそうで。
どちら様もまあまあお目出度いことです、はい。
いかにも年の末を思わすような、
余所余所しい冬催いの空がツンと冴えておいでの中。
吹き抜ける風こそ冷たいものの、
降りそそぐ陽はまだちょっと人懐っこくて。
南天の葉陰には、
雪ウサギの目を思わす千両の赤い実が顔を覗かせ。
明日の天気を案じておいで。
いろいろあった一年も、新しい年へとうつりゆく。
どうかどうか、幸多き年がやって来ますように……。
〜Fine〜 11.12.30.
*つごもりというのは“晦日”という意味です、念のため。
これが今年最後の更新となりそうです。
随分とペースダウンして来て申し訳ありません。
それでもまだちょっと、お付き合いしたい顔触れですんで、
ちまちまっと書き続ける所存です。
皆様もよろしかったら遊びに来て下さいましね?
ではでは皆様、よいお年を!
めーるふぉーむvv

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